
天龍 号 |
柴犬との出会い・・・
最初ペットとして、子供の頃からの願いだったオスの柴犬(天龍)を購入、展覧会には出ていないが。それをキッカケにN氏(前師匠2000年死別。)との付き合いが始まる。
それから、柴犬の展覧会の話し、そこに集まる優秀な柴犬の話し等を聞いているうち、又それと同時に自分の飼っている天龍によって、柴犬の良さ、素晴らしさを知って行き、柴犬の魅力にハマッテ行く。
今に思えば最初にこの「天龍」と出会った事が大きかったと思います。正直展覧会に出せるレベルの子では無いのですが「これが柴犬なんだな!」っと感じさせてくれる子で、仔犬の頃はヤンチャで困らされましたが、成長と共に飼い主(家族)には本当に良い子で言う事も良く聞き(自分が納得すれば)、遊んであげている時、相手になってあげている時はおもいっきり甘えて、それ以外の時は大人しく物静かで落ち着きはらっていて、でも一旦散歩などで外に出ると周囲に神経を配っているかのように家で甘えている姿、物静かな姿とはうって変わり、例えば細い道等の脇道から出合い頭に他の犬と鉢合わせになったり、何かといきなりでくわしたりした時等怯む事無く、間髪入れず飛び掛って行ったり(私はいきなり何かとでくわしてドキッとしているのに)、散歩中の犬達とすれ違ってもむやみやたらと威嚇する事なく、相手が吠えて飛び掛ろうとしていても殆ど無視、メスと多分自分より格下と認識しているのか、たまに形相を変えて向かって行く時はよほど相性が合わない相手のみ。
「悍威」「良性」「素朴」柴犬の三大要素そのものと思っています。これが「展覧会で上位に入らなくてもまた違った良さを」っと展覧会に出る子も出ない子も同じように接するようになったキッカケでしょう。また柴犬の姿形と共に、性格、性質等の内面の良さも柴犬の大きな魅力として大事に思い、重視しています。 |
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展覧会場にて |
初めての展覧会・・・
N氏から「いいメス柴が生まれた!展覧会目標に飼ってみないか」と
のうれしい話し。色々勉強しながら展覧会の為のしつけに励む。(これが展覧会への始まり)
そして初めての展覧会へ、ビギナーズ・ラックって怖いもの・・・、運もあってか、大阪支部展で、「若犬賞受賞」、初めての展覧会『華静姫」で雌の若一組で1番、これですっかりハマッテしまう。
前師は「自分で作出し、自分の犬舎号の柴で展覧会を」「上位入賞する柴犬を自分の犬舎から」を目標にし、また自分の所で生まれたメスから自分なりの系統を信じて、それだけにこの入賞は私以上に喜んでいました。
そのN氏も志半ばで急逸してしまいましたが・・・。 |
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屋内お産場所 1と2
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日本犬保存会入会、犬舎号取得・・・
「日本犬保存会」に入会。それからしばらくして犬舎号「佐備木村荘」を取得し、展覧会にそして繁殖にと・・・。けど、やはり展覧会で賞を取るむずかしさ、優秀犬を作っていくきびしさ、非常さを痛感していく。
と同時に繁殖(命を作る)と言う重さを考えるようになる。
色んな柴犬のブリーダー、繁殖家、他展覧会関係者(繁殖はしないが良い柴犬を購入して展覧会に挑戦している人等)達と出会い、知り合い、または見て、聞いてたくさん勉強していく上で、一部生き物を生き物と思っていない人達(すべての人がそうでは無いです)が多い事に憤りを感じるようにもなる。
その中で私の周りの人達も「良い柴犬を!」っと繁殖に展覧会に励んでいる中で、残せない子は飼い主を探すため簡単にやり取りをしている事に「柴犬はすばらしい犬なのに・・」っと思い、柴犬を本当に欲しがっている人に飼ってもらえるようにとHPを作るようになる、と共に自犬舎で飼った、居る柴犬たちは最後まで自犬舎でっと言う環境つくりにして行く。
初めての出産で!
はじめて仔犬が生まれた時、目も開いてまだ間も無いよちよち歩きの生後20日前後の仔犬がサークル内で産箱から必死に出てトイレをし、そしてまた産箱に戻り寝ている様子を見て驚き「生まれて間もないこんな小さな子が、自分の寝場所、テリトリーを汚したくない、汚さないっと言う本能なんだな」っとすごく関心する。その時の事を今も忘れられず、これも柴犬の良さと思い、「本能、習性は大事にしたい」と親離れさせた頃から日に4回は必ずサークルから出してやり自分の寝場所の外でトイレが出来るよう配慮し、柴犬のもっている良さを生まれた時から十分考慮する方針を固める。 自犬舎での仔犬時のこだわり、考え方 |
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雪のカナダから |
一番最初に生まれた仔犬がカナダへ・・・
インターネットで「是非、カナダで柴犬を飼いたい」と言う人と知り合い、日本の柴犬を海外で、カナダで,その素晴らしさを知ってもらおう、柴犬の存在を外国でも広く知ってほしい、その一念で「華静姫号」の子供、メスの黒柴(霞桜姫)を生後まもなくカナダに渡す。 (冬はー30度の国、かなり悩んだが・・)
その後、さくらのオーナーになった人も柴犬にハマリ、「次はオスの柴犬を飼いたい」と相談を受け、N氏よりオスの柴(剣龍)を譲り受け、現在「さくら」、「剣」の2匹を飼育。 |
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N氏の死去、そして本格的に柴犬の世界へ
N氏は柴犬の経験、展覧会も長くしていたがあくまでアマチュア、趣味で柴犬が好きで繁殖し展覧会に挑んでいた。1998年全国展で準最高賞犬「春風 号」を見て私は感動すると共に趣味とこの世界のトップとの違いを改めて認識する。「春風号」の持ち主は3頭の内閣総理大臣賞犬の他数多くの受賞犬をこの世に出した名犬(今もなお○○系語られるほど現在の柴犬にもたらした貢献度は大きい名犬。残念ながらここでその名犬の名や詳細は語れませんが)の持ち主としても知られ柴犬界に50年近く君臨しずっとトップの座にいて、私からすればはるか雲の上の存在である。そしてN氏が亡くなって「どうしようか」という時期にあるきっかけで展覧会でその方(K氏)と挨拶が出来る機会があり、そして本格的な柴犬の勉強をする事を決意しその方の門をたたき、血統を追い柴犬について勉強させて頂く事となる。それまでとは違い何もかもがトップレベル、それだけに難しさ、厳しさ、奥深さ、なにより犬質の良さを痛感しながら、その系統を受け継ぐ「春風 号」「紅鷹 号」「関の城 号」(準最高賞犬)等の直子のメスを台雌として迎え入れ、またそれらの柴犬達との交配から良い柴犬をっと今もなお勉強に励んでいます。
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「奈良柴犬ファンシャーズクラブ」(JKC)設立と共に入会
約50年近く日本犬保存会で活躍し、柴犬界でも大きな存在である上記のK氏が会長となり2005年6月にJKC(ジャパン・ケンネル・クラブ)で「奈良柴犬ファンシャーズ・クラブ」を設立。と同時に私も入会。
日本で一番大規模である団体JKC、洋犬種が主流ですが国際的な団体であるJKCに日本の天然記念物である柴犬を広めるごとく、これまでの実績、経験、犬質を備えて、初めて100名以上の会員を持つ柴犬犬種クラブとして設立されました。2006年4月には年に1度行われるさまざまな犬種が3000頭集まる「アジア・インターナショナル」で初の柴犬100頭の単独展も行い、また11月には柴犬130頭による初の柴犬犬種クラブ展覧会も会長K氏により成功させられました。
現在主にその場で活動し、同じ系統、柴犬に対しての志が同じ場での上位に行く事はかなり難しい中、切磋琢磨し、これから先もよき柴犬作り、また良き柴犬を残していけるようにと励んでいます。
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そして「良い柴犬を・・っと共に、犬に対する気持ちも大事と、飼い主の犬に対する気持ちも悍威、良性、素朴と言った事に大きく左右する」と言う方針で現在に至り、これからも良い柴犬を目指し、そして繁殖し生まれて来た子たちの事は責任を持ち、残せない子たちに関してはこのHPを通じ本当に柴犬を探している人達に「柴犬との良い生活を」を目的とし、そして「1主1代で可愛がられる柴犬を1匹でも多く」を目標として提供して行きたいと思っています。
大阪府 「佐備木村荘」犬舎
木村 弘徳
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