| 柴犬を飼いたいっとお考えの方に少しでも参考になれば嬉しいです^^ | |
| 理想の柴犬って(飼い主にとって「かけがえの無い存在」である事も大切な事の一つでは・・) | |
| 旧「展覧会入賞犬、優秀犬紹介」ページに代わり、また違った形で「いろんな立場から見る理想の柴犬」として、私が今まで仔犬をお世話させていただいた飼い主さんから頂いたメールを交えて、また入賞した柴犬の情報も紹介して柴犬の素晴らしさ、そして柴犬(犬)を飼うと言う事の本当の姿ではないかと言う事を、良い柴犬(日本犬)を残したいと勉強、研究、努力している立場、また一般の飼い主さんにお世話する立場として紹介しています。 | |
| 賞暦を持っている柴犬、散歩中「綺麗な柴犬ですね」っと言われる柴犬、「性格がとても良い柴犬(飼い主の思いどうりになるだけの考え)」それらが良い柴犬っと思っている方たちも多い事でしょう、でも「理想の柴犬」柴犬の良さとはそれだけでは無く飼い主、家族にとって「かけがえの無い存在」である事も良い柴犬と言える一つではないかと思います。 それ以前に「柴犬にとってかけがえの無い飼い主」になる事が一番大事と言う事を付け加えておきますね。 |
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| 展覧会で入賞し、賞暦を持った柴犬達もこれから先「天然記念物 柴犬」を残し続けていく為にも、それを志している私たちにとってはかけがえの無い存在の一つです。日本犬標準に添った柴犬、柴犬の本来の本質を一番大切と考える事も私たちの立場からは必要な事です。命ある生き物として接していく事は絶対条件で当然の事を前提に。 展覧会で受賞した柴犬たち、入賞した柴犬たちの写真を安曇会会長の犬舎「銀星荘の犬たち」で、また自犬舎の入賞した柴犬達も「佐備木村荘の犬たち」で紹介しています。(「賞暦」とは、それは日本犬保存会が定める日本犬標準にいかに近いかを審査し、展覧会に出陳して来た中で席順を付け各クラスの上位に賞が与えられています) |
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| ※ ここで言う「理想」とはあくまでさまざまな立場からの理想と言う意味です。柴犬を残していこうと言う立場では柴犬の姿、本質にも重点をおきますが、柴犬を提供する立場として一般家庭での柴犬にたいする理想もあるのではと考えています。 | |
| 下に紹介しているメールのように柴犬達はそれぞれ違った形で飼い主の気持ちに応えています。 よく「番犬にもならない(それだけを犬の仕事としている)」、「言う事を聞かない(飼い主の思いのままに従う事だけが可愛い、賢いと言う考え)」と言う言葉を耳にします(柴犬CLUBでは出来る限りそう言った方の所には仔犬が行かないように努めています)、でも必ず内容は違っても柴犬の本質から必ず飼い主との間に良いものを築いていけると考えています。 |
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| 飼い主さんのこう言った思い、考えがあればこそ「良い柴犬」っと言えるようになるのでしょう。 |
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![]() (近況、挨拶省略) MAPLE(1匹目)の時もそうでしたが、子供自身が年相応に、難しい時期に掛かり、色々自分で消化出来ない 心配事やら、不安やら、出て来る度に、MAPLEにあたったり、聞いてもらったり、時にはMAPLEが 叩かれたり(随分勝手に、理由無しにも、叩かれてもおり、MAPLEも何で叩かれるのは解らなかったでしょう)、 でも、犬は、本当に純粋な目で、真剣に対応をしてくれて、何度か長女の方は、助けられた面があったと、 感じております、 親でも入れない部分を、MAPLEが癒してくれた、そんな理解をしております、 それが、今回2匹目をお願いした、大きな理由です、 ゴールデンリトリバーでは、性格上受け入れてばっかりで、反発はしません、要は優しすぎます、 柴ですと、ある程度受け入れて、でも、自分で気に食わないと、今度は、噛み付いても来ます、 これで良いと思います、 家族が夏場カナダへ来る1か月間以外は、ほとんどMAPLEと一緒に出かけております、 多分、木村さんが望まれる強い犬には育って行かず、むしろ貧弱な犬になって行ってしまいますが、 今後のCOOKIE(2匹目)も家族の一員として可愛がって行く考えでおります、 それと、自分が日本に居ない10ヶ月間の番犬の意味もあります、 自分も犬の目をジッと見ていると、何とも癒される感じがします、 何度もMAILのやりとりで、お急がし中御面倒お掛けしますが、宜しくお願い致します、 以上、H.I 純粋な心の子供と純粋でありのままの犬との間だからこそ通じる部分があったのですね。でもそれ以前に子供さん、家族(飼い主)が柴犬をかけがえのない存在として接していたからこそ犬も真剣に対応し応えてくれたのでしょう。 |
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![]() (近況、挨拶省略) 私にとって犬との生活は想像以上に大きいものでした。 飼う前は一緒に遊んで世話をして犬に対して何かをやってあげることが楽しくて面白 いものなのかと思っていました。 でも実際に飼ってみて、やってあげるだけじゃないことが本当によくわかりました。 それ以上に犬が教えてくれることがたくさんあります。 中でも一番意外だったのが「散歩」です。 犬と歩くことで普段見ることのない風景を見ることができます。 どの家にどんな花が咲いているのか、道端にどれだけゴミが多いか、 どこに空き地があってそこには子供たちのひみつ基地があること、 田んぼには田植えのシーズンになるとカルガモが放されること。 過去にこれほどまでに季節を感じた時はありませんでした。 本当に犬と一緒の生活は楽しいです。 千葉県 A.T (その後のメールより) (近況、挨拶省略) あんな拙い文を載せて頂けるなんて光栄に思います。 犬が人に与えるものの大きさ、貴重さを伝えるという目的にもとても共感します。 今年の春から私はドッグセラピーの専門学校に通っています。 セラピードッグになる犬たちの多くは捨て犬や、保健所から保護された犬です。 先日、動物愛護センターへ見学に行ったのですが、殺処分される間近の犬たちの瞳、 そして、ガス室から焼却炉にかけてこびり付いた毛の数々は今でも目に焼きついて離 れません。近年は処分される大多数が飼い主による持ち込みだそうです。 流行や気まぐれだけで使い捨てのオモチャのように扱われるペットたちから目を背け てはいけないと強く感じました。 千葉県 A.T ここに書かれているように犬を飼うと言う事は、世話をし、面倒を見てあげ、または綺麗にし何でも良いなりに行動するよう躾て楽しみ、満足する為に飼うと言うだけでは無いと言う事ですね。。犬から得るもの、癒され、教えられる事も多く、犬は人間にとって、人間は犬にとってお互いが良い存在にして行く事が飼い主にとって素晴らしい「飼い犬」になるし、犬にとって信頼出来る飼い主になるのでしょう。 これから犬を飼おうと考えている人、現在犬を飼っている人達、によって「良い飼い犬」とは飼い主の考え方、理想の持ち方次第で、不幸な犬達が居なくなるのではと思います・・、その事を願うばかりですね。最初私の所に来られた人達には「柴犬とは」「犬を飼うと言う事」「飼い方」等、一番最初にお話し、理解してもらい仔犬をお世話し、その後相談があった場合環境に合った、飼い主さんの接し方に合った、そしてその子達の性格に合ったアドバイスをする事を理想と考えて努めています、まだまだ力不足な所も多く日々経験の積み重ねですが。 |
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![]() (近況、挨拶省略) 柴犬は二匹目です。私が、なぜ犬を飼いたかったのか、なぜ柴犬を選んだのかというと、最初は柴犬の姿形が私の目には一番魅力的に見えたからでした。その犬と16年ともに暮らし、柴犬のいわゆる飼い犬らしくないところに私はとても魅かれました。自分の面倒は自分で見られる犬でした。飼い主はあくまでパートナーで、食事と住まいは提供してもらっていますが、犬自身はそれに見合った仕事をしているので当然という感じでした。 (略) 私はこの犬と暮らしていて、よく、この子は縄文時代に生きていると感じさせられたものです。ここが野原で、私が狩猟によって暮らしていたなら、この子はなんとすばらしいパートナーになっていただろうと。現代社会があまりにも管理されたものであり、社会的な規則もあり、車などの危険もあり、今の世の中は、柴犬にとっては暮らしにくいんだろうなと思うと、せつなくなることもよくありました。 柴犬と暮らして、私は自然や野生というものについて、深く考えるようににりました。それは毎日かかさずしなければならない朝夕の散歩によってももたらされたものかもしれません。自然の移り変わり、四季のささやかな変化に幸せや喜びを感じる…それは人間が本来もっていた感覚だったのではないかと思います。文明や便利さによってなくしかけていた、そういう感覚を柴犬が私にとりもどさせてくれました。それが私が再び柴犬と暮らしたいと思った最大の理由です。 金沢市 T.N 柴犬と真正面から向き合い、柴犬に飼い主の理想を期待するのでは無く、柴犬の存在そのものに意義があるっと言った飼い主さんの接し方では無いかと私は考えます、これが理想の柴犬と飼い主の関係ではっと思えてきました・・・。T.Nさんは室内で飼っています、決して自然な環境で飼っているのでは無いのですが、室内飼いしながらも、うまく柴犬と飼い主との関係を保っているようです。 |
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![]() (近況、挨拶省略) ひな≠ェ来てから、私の生活は点の移動から面の行動に変わりました。 今までは、家から駅までの道と、ごく近所のほかは歩いたことがありませんでした。
余り季節を感ずることもなく、漠然とこのあたりは自然が少ないなあと思っていた
程度です。でも、最近は自然に満たされていることに気づきはじめました。
歩いていると家々に植えられた木や花が、日々変化してくるのがわかります。家か
ら自転車で行ける範囲に、公園化した林がいくつもあって、毎朝散歩する人々が来
ています。
犬と人だけでなく、鳥もたくさん鳴いています。今年はキツツキにも会いました。
近所の人に言っても信じてもらえません。でも散歩仲間は何人か見たと言っていま
した。こんな街中でも自然が生きているのですね。
何よりひな≠ェ自然そのものです。
季節の移り変わりを体全体で表現します。真っ先に足元の自然を見つけて教えてく
れます。毎日跳んだり! 走ったり! 笑ったり? と大忙しです。
日本の自然は日本の犬が一番よく分かっているのかも知れませんね。
散歩していると、よく若い女性から声を掛けられます。名前を聞かれ、年を聞かれ、
好きな食べ物の話をして... 趣味は穴掘りとボール遊びですね。残念ながら飼い
主のことは聞いてくれませんけど...。
犬という共通点があるだけで、全く見ず知らずの人に、会った瞬間から旧知の友の
ように親しく話ができるのは素晴らしいことです。ただ、たいてい飼い主の名前は
聞かずに分かれてしまいます。「最近○○ちゃんのお母さん見ませんねエ」などと、
犬がいて初めて飼い主を認めてもらえるような存在ですが、こんなに簡単に人と知
り合える方法は得られないのではないでしょうか。
(お礼、挨拶省略) 千葉県 H.O 「ひな(柴犬)が自然そのもの」「日本の自然は日本の犬が一番よく解かっている」その通りだと思います「天然記念物 柴犬」その事を飼い主が認識し理解し接して行けば必ず良いものになると思っています。 犬が直接飼い主に何かをしなくても、犬が何かをもたらしてくれる、散歩に連れて行けば色んな事に気づく、見知らぬ人とのふれあい等もそうでしょう。例えばそのことだけでも犬達の世話のしがいがありますし、大事な存在となりますね。 |
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![]() (近況、挨拶省略) 我が家では、葉月は最初夫の散歩のパートナーという気持ちと子供たちの犬を飼いたいという強い希望によって迎えました。 私(妻)は最初、命を預かる事への不安と、なにしろ初めての経験ですからきちんと世話が出来るのだろうかとの気持ちでなかなか賛成できずにいました。でも家族の強い希望もあったので、いろいろ調べた上で柴犬クラブさんへたどり着いたわけです。 いざ会ってみて、葉月にめろめろになったのは私でしたね。(笑)子犬のかわいさはもう口では言えませんね。おしっこやうんちの世話も気にならないくらい3回目の子育てのような気持ちになりました。育児日誌もつけたりしましたよ。子供達にはもちろん世話しなさいと言ってありましたが、子供のことゆえその場限りになるな〜とは思っていましたが まさに葉月の世話はほとんど大人の仕事です。散歩はもちろん、夫!これは最初からの約束でしたから。ですがその他もろもろは私の仕事です。 初めて犬を飼おうという方に言っているのは(友達で数人いましたが)子供にせがまれたからといって世話を子供にさせようというのはダメよ!ということです。 わが子がもう一人ふえるような気持ちで、「ママが世話するわ」という心構えでいたほうがいいと言うことです。 こんなはずじゃなかった!って思うことが家族にとっても犬にとっても一番不幸な事ですから。 もちろん、柴犬ですから(笑い)愛玩犬のようにはいきませんが・・そこがまたかわいいところです。最初に木村さんがおっしゃった「柴犬の特性をよくわかって飼ってください」「決して体罰はしないでください」今もしっかり肝に銘じて育てているつもりです。犬は愛情をかければ必ず返してくれる存在だと思います。 純粋な目でじっと見てくる顔を見ていると、それだけで和やかな気持ちになってくるから不思議ですね。2人の娘たちも思春期ですので、葉月の存在はかなり癒しになっていると思います。いらいらした時には葉月をなでて、気持ちを落ち着かせてるんですよ。アニマルセラピーとはよくいったものですね。あたたかな体温に触れていると嫌な気持ちも和むのでしょう。 そして柴犬仲間に出会えた事、今まで絶対知り合う事のなかった方たちとの出会い!この友人たちとの出会いも葉月効果のひとつです。HPを通じての楽しい会話や柴友とのオフ会、自然の中でのお散歩や会話は私たちに今までとは違う楽しみを与えてくれました。葉月をつれての旅行も今までとは違った楽しみです。犬が来れば旅行なんて無理と思っていたのですが、杞憂でした。 もちろん葉月だって犬ですから、歯を剥いて威嚇する事もありますし、これまでにも噛まれた事もあります。それでも私たちがリーダーであることを教えながら教育しています。犬を飼う事は金銭的にも時間的にも負担が伴いますし、病気になればその心配も計り知れないでしょう。でも私たち家族は犬を飼ってよかった!と思っています。 願わくは病気にならずに元気で命をまっとうしてもらい、我が家に笑顔を振りまいて生きてほしいということです。 (お礼、挨拶省略) 金沢市 M 「アニマルセラピー」、すべての飼い主がこれを感じる事が出来れば本当に素晴らしい事ですね。飼い主が柴犬に目に見える、形として解かる「見返り」だけを期待しているから、犬を飼う事を大変な仕事、世話をするのが大変っと飼う事を放棄してしまうのでしょう。 「愛玩犬」としてなら他にもっとふさわしい犬種がいますよね、柴犬は柴犬としての賢さ(本当に賢い)、飼い主への忠実さがある事をよく解かって飼ってられる事を感じます。歯を剥いたり、噛んだり、時たま本能を出す、これも「天然記念物」として当たり前の事かも?我に返りシュンとする、それも柴犬の可愛いところだと思います(人間に向かってくる事は何かよほどの理由があるのですが)。こう言った事や世話をする大変さもあると思いますが、それ以上に柴犬の良さが勝っている事を伝えてくれたメールでした。 |
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| 柴犬は「盲導犬」や「介護犬」には向いていないっと言われています、人間の思いのままにしつけ、訓練し飼い主の言うがままに従う、そう言った犬たちを求めるならそれなりの素晴らしい犬種(用途に合わせ改良されて来た犬種)もたくさんいると思います。柴犬は覚えが悪いから出来ないのではなく、また賢くないから出来ないのでは無く、納得いかないのでしないのだと言っていいのではないでしょうか。 多くの人が「もう一度柴犬を飼いたい」と来られるように「奥深い所でのつながりが良い、深い所で通じている」っとたくさんの人から言われるように、「かけがえの無い存在」「かけがえの無い飼い主」になる、そう言った奥の深いつながりが持てる犬種です。 |
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